神奈川大学での最後の箱根駅伝。
総合5位と有終の美を飾って引退。

悔いなく陸上人生を終える予定でした。
神奈川大学
大学時代はケガが多く、4年生になっても実業団からの誘いがないような選手でした。
5000mも14’30″を切れない。2・3年時は疲労骨折の繰り返しと中足骨骨折の長期離脱により選手としてのメンタルもダメになり、監督にマネージャーになることを打診。
大後監督は私を信じ、選手としてやるように止めてくれました。
4年生の日体大記録会10000mで自己ベスト更新。


このレースをきっかけに実業団に行きたいと思い、トヨタ紡織さんに取ってもらえることに。
今思えば、大変失礼なことをしてしまったなとは思いますが、長年、目標としていた最後の箱根駅伝でシード権獲得という景色を見てしまったので「ここで競技は辞めよう」
そう決断し実業団行きをお断りしました。

警察学校入校
警視庁と地元愛知の愛知県警を受けて共に合格。
地元が好きなこともあり愛知県警を選びました。

警察学校内の詳細については書けませんが、勉強と腕立てはめちゃくちゃしました。
そして意外かもしれませんが、坊主は禁止なんです。
最初の3週間は振り落としもあり、本当にきついですがその後は楽しく訓練に励み過ごして卒業しました。
そして南警察署に配属へ。
現場を経験して徐々に不安が。
怖い人達を相手にしたとき、「この人達を相手に仕事をしていくのか」
理想と現実とのギャップを感じました。ドラマの「相棒」が好きで憧れていた警察官。
それに加え、大好きな陸上もできず日々過ごしていて楽しくないと思うようになっていきました。
経験したからこそ、警察官として働く人たちの凄さは実感しています。
コモディイイダへ
警察官を12月に退職。
実業団へ行きたいと思い、実業団探し。愛知県の企業は全滅。
選択肢として、”コモディイイダ”・”ラフィネ”がありました。
のちにチームメイトとなる黒田と、SNSで繋がっていた現在インフルエンサーとしても有名な”クレイジーかろ”こと甲斐くんに協力してもらいました。
監督とお話をして決めたのがコモディイイダでした。

初戦は日体大記録会10000m。30分37秒で走れ復調に向けていい感覚で走れました。
公務員時代は70kgあり、このときには65kgくらいまで落とすことに成功。

そして、仕事終わりの世田谷記録会で14’16″と自己ベスト更新。
体もだいぶ絞れてきて、練習をチームメイトと切磋琢磨することで出した自己ベストだと思います。

その勢いのままホクレン北見大会では、28’54″の自己ベスト&コモディイイダ初28分台更新。
その後の八幡平駅伝でも準優勝(東・ウィリー・黒田・木田さん・五郎谷さん)。ニューイヤー駅伝出場に向けて順調にことが進んでいきました。

ウィリー・木田さん・金子さん
チームで裾野合宿へ。初合宿!!!
大学時代は当たり前に行っていた夏合宿。1週間でしたが合宿に行ける喜びを感じました。
今までに当たり前にできたことが、どれだけ幸せなことかを教えてくれたのはコモディイイダ陸上部。

初の東日本実業団駅伝。1区を出走。区間17位で・総合14位でニューイヤー駅伝出場ならず。

ニューイヤー駅伝出場に向けて試走合宿。

チームにはじんのすけ・村上・中谷が加わり戦力が強化されました。


2019年の東日本実業団駅伝前。
ニューイヤー駅伝に行けなかったら廃部。そんな噂を聞きました。
駅伝を走る楽しみと廃部への不安が入り混じるなか迎えた東日本実業団駅伝。
(松村・ピーター・黒田・木田さん・中谷・東・村上)
6区を出走。
12位と100秒近く差がありましたが、追うしかない。プレッシャーもなかったので思い切って走ると区間3位と力以上の走りをしてニューイヤー駅伝出場県内でアンカーに渡すことができました。



その後の日体大記録会でも28’22″93の自己ベストを更新。

ニューイヤー駅伝では3区を走りましたが差し込みで失速。
ほろ苦いニューイヤーデビューとなりました。

都道府県愛知県代表にも呼んでいただき、この大会がコモディイイダでのラストランとなりました。

最後に
昔から親には「郷に入ったら郷にしたがえ」と言われ育ってきました。
「文句があるなら自分が変えられるようになれ」
仕事人の親のこの言葉には重みがありました。
移籍した理由として、もっと陸上に専念できる環境で練習がしたいことが一番でした。
移籍前に監督と今後どうしてほしいかの面談がありました。そこで私が求めたものは「合宿を増やしてほしい」でした。そこで部の陸上に対する考え方と私の考え方との乖離があり移籍を強く考えることに。
コモディイイダでは、メンバーや部署の方たちにも恵まれて選手として育ててくれたことには本当に感謝しかありません。
恩は強く感じていました。ですが、自分のこれからの選手としての成長を優先したいと思いこれまでの恩を感じながらも移籍という選択をしました。
学生の方がどれだけこのブログを見ているかはわかりませんが、自分を信じて決断してほしい。
大学時・警察官から実業団選手へ行くと行ったときに周りからは反対されました。
今となっては、家族にも恵まれ陸上が30歳を超えてもできている喜びを感じ「この道を選んで良かった」と心の底から思えて過ごせています。

陸上が好きなら中途半端にやめると後悔は必ず残ります。
私はきれいには終わらず、走れなくなるまで陸上人生を駆け抜けたいと思います。

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